2004/02/27
3.医療過誤(3)
〜根底は人間性の問題だ〜
前回@Aで、医療過誤の内容について、そのほんの一部を述べた。
今日、数多くの医療裁判が、不幸にも行われているが、刑事裁判はどちらかというと、加害者と疑われる医師側の反省を促すことが目的であり、民事裁判は、患者・家族の救済が目的となっている。
しかし、法に訴えるだけで医療過誤問題がすべて解決されるわけもなく、よほどの悪質な例以外は、根本的解決に至っていない。
医療事故報告の義務化もなく、行政の対応は不十分で、行政処分に至るものは数少なく、患者サイドでは、カルテの開示も法制化しておらず、自分自身のからだの情報を容易に入手できない。最近、行政も腰をあげてきたが、不十分である。
法律の専門家は、刑事処分の対象は、あくまでも医師個人であり、医療機関を組織として罰することはできないと言う。
刑事裁判は、刑法第211条に基づいて行われている。
法的措置をみる
刑法第211条は、業務上過失致死傷等で、条文はこうである。
「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も同様とする」
刑法による医療過誤も、この刑法211条が適用されている。ここで注目すべきは、医療過誤の多くが、略式命令という書類上の診査だけで、簡易裁判で終わっており、医師免許取り消しに至った事例はない。実例を記してみると----。
- 1999年12月、G研究会付属病院で、抗癌剤の過剰投与で64歳の男性が死亡。投与した医師に罰金50万円。略式命令。(T簡易裁判所)。
- 2000年10月、M大付属病院で気管切開手術中、血液型を間違えて輸血し、79歳の男性が死亡。輸血に携わった医師2人に罰金50万円。略式命令(T簡裁)。
- 2000年10月、S医大総合医療センターでの骨膜肉腫の治療で、抗癌剤を過剰投与し、16歳の女性が死亡。
主治医に禁固2年執行猶予3年、担当教授に罰金20万円、指導医に罰金30万円(担当教授と指導医については控訴)の判決(S地裁)。 - 2001年11月末、N総合病院で、胸部の腫瘍摘出手術中に電気メスで静脈を損傷し、45歳の男性が死亡。執刀医に罰金50万円、略式命令(A簡裁)。
である。
これら刑事裁判と併行して、多くの民事裁判も進められている。
民事処分では、民法第415条、債務不履行責任、第709条、不法行為責任などで損害賠償により被害者を救済する。医師個人や医療機関開設者を対象に(被告)個々の判決によって損害賠償金の支払いが行われる。
この民事では、被害者が原告であり、その法的責任を一つ一つ証明する義務があり、裁判の費用も、判決までの期間も長く(何年間)かかる。
私の知人の妻が、脳神経外科病院で脳腫瘍?で死亡した。刑事処分は警察が受け入れず、民事で訴えたが、判決までに3年間かかった。
入院時の診断のあいまいさと、患者に対する医学措置に手落ちがあると訴えたのである。入院して3日目に急変し、大学病院へ搬送したが、死亡したという事例で、対応した担当医や院長の診療態度に不満を持ったのだ。
裁判は、初めのうちは、その対応のよしあしについて議論されたが、裁判が進むにつれて、被告側である医師は、鑑定に権威ある専門医を登場させた。
「このことはあたかも、末期がんの患者が突然来院して、必ずしも救命できる根治療法がないのはおかしいと主張するのと同様の、全く誤った論理」と発言。原告は死亡したことについてはいたしかたがないが、入院中の医療対応があまりにもひどいので訴えたのに、その原告の求める事実は法廷では得られなかった。
ご紹介した事例BのS医大総合医療センターの刑事裁判を、民事裁判と併せて進めたご両親は、医学専門誌(日経メディカル、2003年11月号)でこう述べている。
「抗がん剤の過剰投与はあったが、死因ではないと主張。裁判が進むにつれて、医療とはとうてい呼べない初歩的なミスで、娘は死んだのだと分かり、強い憤りを覚えた」
と、心の苦悩を述べ、医師は個々の治療法や薬剤について、もっと勉強していると思ったと発言。さらに、業務上過失致死罪ではなく、殺人罪を適用すべきで、今後、同様の事故を防ぐためにも、せめて実刑判決を出してほしいと述べた。
医療過誤の対応は
医療問題の責任は、いうまでなく国(行政)にある。医療安全支援センターが昨年より各都道府県に発足した。本格的な働きはこれからだが、医学界の中でも、「病院はサービス業であり、すべてを患者の目線で行うことが大事」という発言も増えてきた。
遅れた日本の医学教育にもメスが入った。従来は、大学に依存し、その大学の中で選んだ医局で研修を受けたが、今後は卒業してすぐに、初期研修で幅広く基礎的な診療能力を身につけた後、専門分野を深めていくことになる。
医学の進歩は、専門性が深まり、かつ細分化している。よりよい医療を提供するために、専門医間の連携と併せ、実力ある専門医の認定制度と基準を----と、医療職能団体が動きだした。しかし、現在の専門医認定制度では甘いという。
国もミスを犯す医師の再教育にのりだすという。事故危険度の高い手術室のガイドラインづくりなど、総合安全対策を打ち出すという。
「人」の面では医師や歯科医師の資質の向上を掲げている。最新の治療法などについて、学会や医師会が開く生涯教育の受講を、医師法に基づく2年ごとの届け出で報告させる。
医療ミスを繰り返す医師は、刑事処分に至らなくても行政処分の対象とし、処分内容をホームページで公開する。医師免許の取り消しに至らない場合でも、業務停止期間中に委託機関での再教育実習を受けさすとある。
また、最先端の新薬は利用できる医師を専門医らに限定する基準を作るという。2004年度中の実施をめざすとある。
ここで大事なことは、専門性の高い職能団体が、患者の目線で徹底して改革をし、厳しい自浄作用を働かせることだろう。
医師のための改革では中途半端に終わる。患者のための目線に立った医療を、徹底し、共に手をとって改革してこそ、医療過誤が未然に防げる。そうすれば、医療の進展も大きい。
人の生き死にや、生活に密着している医療が、医師の独占物になっていることは不自然だ。欧米諸国のように、医療を学び、研究する社会学の大学院ができ、医療が広く社会に開かれるように、社会学として研究する日々をつくることも必要だ。
医療過誤は、医師にとっても患者側にとってもつらいことだが、徹底究明を、患者側も参加して行い、その情報を公開すべきだろう。医学は.難しい面が多い。しかし、根底は人間性の問題である。
(おわり)
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